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椎津城(市原市)主郭

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Photos: 椎津城(市原市)主郭

Photos: 椎津城(市原市)主郭 Photos: 椎津城(市原市)主郭

18.03.13.
築城年、?
築城主、 椎津三郎(椎名胤仲)
城主、真里谷氏、里見氏、後北条氏
標高29m/比高19m
廃城年、 天正18(1590)年
遺構、土塁・空堀

築城諸説。
1、正中2(1325)年頃、千葉氏族 椎名胤仲が椎津に居して椎津三郎を称し築城。蟻木城(市原市海人有木)、小野山城(同字小野山)、海保城(同市海保字公家台)、要害山城(同市畑木字要害台)、万台城(同市内引田字木々野)、高坂城(同市高坂字要害)を勢力下に。
2、建武2(1335)年、三浦高継が椎津を所領し、応仁年間(1467~69年)に三浦定勝が築城した。
3、明応年間(1492~1501)、甲斐源氏武田氏庶流 上総武田氏が築城。
派生は不確かだが、康正2(1456)年には甲斐武田氏13代信満の次男 武田信長(上総武田氏・庁南(長南)氏・真里谷氏始祖)が古河公方足利成氏の命で上総に侵攻しこれを獲った。

(→wiki)千葉県市原市の南の玄関口、姉崎の八坂神社の裏手の台地に広がる椎津城は、南北約400m、東西約180m、標高28mで同市内でも最大級規模の城郭である。
椎津は豊かな穀倉地帯を臨み、武蔵・下総から上総・安房の房総に通じる交通の要所であったため、この城をめぐる攻防戦が幾度となく繰り広げられた。
しかし、椎津城跡は宅地化がすすみ消滅の危機にあり、市当局による早急な史跡の整備が求められる。
市原市は、平成27年7月3日、市の指定文化財史跡に指定した。(城の主要部である「主郭」を中心とする約1万1千平方メートルを指定範囲としている)
その後、平成28年3月28日、椎津城跡主郭部北側 1,623.13 ?について追加指定を行い、さらに平成29年2月15日、県指定史跡へ昇格した。
椎津城の支城としては、久保田城(袖ヶ浦市久保田字浜宿)、蔵波城(袖ヶ浦市蔵波)、神代城(市原市神代)、 海保城(市原市海保字公家台)、要害山城、(市原市畑木字要害台)、万台城(市原市内引田字木々野)などがある。(←)

参考「余湖くんのHP」様→ http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/1577/itiharasi1.htm
・「武田家の史跡探訪」様→ http://www.zephyr.dti.ne.jp/bushi/siseki/shiizujo.htm
双方いつもお世話になっておりますm(_ _)m


千葉巡回マップ→ https://drive.google.com/open?id=14zVB7XrB0PEC_mRyP1GxYJ_VHRU&usp=sharing

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Comments (1)

  • 晴耕雨読 @黄昏の番犬

    07:40登城開始
    ―― 神社
    07:59三郭
    08:06正坊山砦遠景・下三の堀
    ── 下方・二郭・二の堀
    08:16一の堀・一郭
    08:29下城
    08:30正坊山砦(鶴牧城)北麓
    08:32陣屋
    08:34旧姉ヶ崎役場跡
    08:41車復帰

    08-03-2018 14:03 晴耕雨読 @黄昏の番犬 (0)

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